まぁ、でも、好きならそれだけでいいよ。

このクソみたいなブログの特性上、メンヘラっぽいことばかり記録に残している気がする。

ただ、日々はそれなりに楽しく、特に5月は総じて、終盤は特に、いい感じではあった。

ターニングポイントともブレイクスルーとも、もしくは句読点とも言えそうな出来事を感じた。

 

自分の今が正しいのかどうかはなんとも言えないんだけど、考え得る限り、その時々での最適解を選び続けてきたと思う。

心残りはたくさんあるけど、それらは感じてきた愛情の副作用として。

とは言うんだけど、あの時こうしてればな。と不可逆な考え事をするごとに、たまらなく人生の奥深さとevergreenみを感じる。

 

綺麗事の言葉数を増やすと大人になれるらしいけど、

俺は俺なりに自分の信じた音鳴らす。

今からでも遅からず。

 

 

おわり。

なんとなく死にたい夜をぶっ殺して

これはチェックポイント。

ここ四半期をちゃんと思い出せるように。

ずっと内緒にしてたけど、ちゃんと積み上げてきたのを感じながら、誰かに頭を下げてまで自分の価値を上げようとは思わないし、

 

死にたい夜をぶっ殺す声なんて、変な声からずいぶんと進化したもんだ。

仏になんてなれなくて良いから、過去に執着しながら、その日1日を反芻しながら、そうやって眠りにつきたいな。

 

やっぱり、君はひとりじゃないとかそんなことは言えないから、君はひとりだけど俺もひとりだよっていうように日々を過ごしていきたい。

この言葉、どこかで聞いたことがあるような気がしていて、多分初めて言葉として聞いた思想なんだな、と。

昔、DJ松永が「僕は感情を言語化してくれる有名人を猛烈に尊ぶのか」的な話をしていて、それを急に思い出した

毎日お酒を飲んで少しだけ死んでしまいたい気持ちを押し殺して明日を受け入れるのが習慣の僕は、」不要なコピペは書体が変わる。

ほぼタイトルのこの言葉をちゃんと自分が初めて言っていたのに安心した。

ただ、死にたい夜をぶっ殺す方が繰り返しの気持ち悪い酔っ払いの文章よりもずっと、レトリックとして綺麗だから、やっぱり負けた。

昔、匂いは記憶だよって言われたけど、声も景色も全部が記憶なんだと。

 

分かることは分けること、最近過去に重ねて考えることが増えたけど、今今ちゃんと生きていこうとも。

 

なんか、日々をもっとちゃんと、少なくとも将来の自分が見返して、過不足なく言葉にできる気もするんだけど、ここまで。

元気があれば加筆修正するのかも。

 

おわり。

今年の漢字。

今年の漢字

「征」「聴」「淀」「悠」「屑」「糞」「煩」「夜」「進」「憂」「一」

去年から順にこんな感じで決まってきました。

 

今年の漢字は、

 

『陽』

 

です。

まだ去年の続きを生きてるのかなとも思いつつ、これ以上に今年を象徴する漢字はないですね。

今日は当たり、今日ははずれ、そんな毎日でも、明日も進んでいきゃいけないから。

 

例年通り来年の抱負にかえて。

 

泣きたくなるほど嬉しい、笑けるくらいに悲しい、漢字1文字では表せない複雑な日々を送っていきましょう。

 

 

おわり。

もうすぐ着くから待っててね。

今年の漢字、選出を控えて。

だから毎月書くって言ったじゃん、このブログ。

 

もうすぐ着くから待っててね。

 

全部ここに集約される毎日。

 

毎日毎日働いていても、この言葉の羅列が頭から離れない毎日。

 

おわり。

今はそういう所にいても良いのは分かるけど。

ほら、心がギュッとするたびに、かつて地球は四角で、今は地球は丸くて、次は三角にでもなるのかなって思ったり。

 

まぁ、ただ、おっぱいは丸い。

良くないよ、こういうメンヘラムーブ。

後で捨ててしまうであろうそのキモさもちゃんとどこかに残しておけるように。

 

このブログを適当に使うのは今だけにしようと。

 

 

おわり。

あの娘はかるたが好き。

こんなに寒いのに明日もきっと晴れる。

つくづく、天気予報じゃ何も分からないな。

 

やっぱり優しい曲が好きだし、クリープハイプの、尾崎世界観が照れ隠しで使うクソとかカスとかそういう感情表現を羨ましく思う。

こんなクソみたいな毎日を塗り替えて世界征服できたらなぁ。

 

君は一人だけど、俺も一人だよって。

別に大したことない言葉なんだけど、そんな言葉をこんな時に言われると勝てるわけないと悟らされる。なんとなく死にたい夜に、光も届かない窓に。

よく知らない人から見れば世界観が独特で尖ってるけど、ある程度分かると生きるのが下手でまあるい、そういうことで。

 

時々疑って、でもこの歌があって。

本当に良かったよ。

さきちゃんは良い娘だったよ、多分恵まれてたのに、留年してるのに雪国の大学院に来たのが未だに謎で好き。彼女が可愛かったのが惜しい。だって、それが謎だったから。話が逸れるのは、本当に単純にただそばにいてとか言えないから。

 

やる気なくても続けてくれ。

 

いやまぁ毎月書くことになってるから、このクソみたいなやつ

 

 

 

 

おわり。

 

ここに追記。

だって、1ヶ月に1回書くとか言ったって、心の中は誰かに決められた時間軸で廻ってないし。

ここには過不足なくまとまってるんだけど、当時を形容するにはあまりにも曖昧で。

ごめんねの後にありがとうが続く世界をまだ知らないし、それくらいのことを言葉でも、なおさらkey=Cの歌じゃなくても伝えられないのは、

 

分けることは分かること。

 

こんな綺麗な言葉大学の授業なんかで言うなよ、あのおじさん。

僕がもう少し真っ直ぐで三井不動産インターンに行きたいってって言ってたら行かしてくれてたんでしょ。

 

 

追記の追記。

4月に追記するはずが5月に追記して、今は6月。

思い出せば今年度は29歳から30歳になるメモリアルイヤー。

嘘をつけば嫌われる。

本音を言えば笑われる。

こんな言葉を、あんな声で言えるのは本当に羨ましい。

泣きたくなるほど嬉しい日々、それが僕の幸せを過不足なく定義してるのがたまらなく、敗北感を感じるようで、憎らしくてそれでも何度でも夢で逢いたくて。

 

夢で逢いたい、この感情を表す形容詞がなくてね。  

雪を初めて見たのは名前の知らない旅館だった。

父と旅行に行った。

 

カーナビとスマホBluetoothを繋ぐ本当に簡単な仕事を終えて複雑な感情を抱える。

多分20年くらい前、僕がレゴを頑張って作ってる頃に父親はテレビと多分高級だった外付けオーディオを接続していた。

なんというか、父親を感じたし、当時の地球は僕を中心に回ってるし、僕もその狭い世界に適応しようとしていたと思う。

 

地球を丸いと疑いたくなる日は何度もあるけど、そうあるように生きてるし、きっとそうだと思ってる。

 

おわり。

 

 

追加

いい文章書くよな、自分。

上越にいた頃にはなんてことなかった小雪を眺めながら曖昧な感情を抱えてた。

大して美味くもなかった川魚の刺身を撮ってる父を眺めながら、銭湯でよく見ていたような弛んだ父の腹を見ながら、場末の精肉店で焼かれた鶏肉を買う父を眺めながら、あまりにも不自然なタイミングの涙を堪えてたのを思い出す。

こんな週末にも地球は回っていて、僕の知らないところでもちゃんと時間が進んでるのを恨みながら、ちゃんと1日が終わることにひどくムカつきながら。

 

だから、地球を丸いと疑いたくなる日は何度もあるけど、そうあるように生きてるし、きっとそうだと思ってる。