儚くて消えそうな希望を探す。
大学2年生の頃、本気でお笑い芸人になることを検討した時期がありました。
おそらく、多くの人が想定するより数倍は本気で考えてた。
愛の中にある
笑顔である
夢の中にいる
と、職業選択を迫られた僕は価値判断基準を定義した。
言い換えれば「誰かに必要とされる」「自分らしくいる」「目標がある」ですね。
芸人は後ろ2つに当てはまる気がしてならなかった。
別に笑いの才能があったか分からないけど、漫才とコントの脚本はいける気がしてた。
ほら、僕、高校生の頃ハガキ職人やってたから。
ゆずのオールナイトニッポンで採用率5割だったのは相当すごいと思うよ。
トータル10通だったけど。
今でもYouTubeには僕の文章を北川悠仁が読んだ跡が残ってる。
林家ペーパーのそれ。
他にも下ネタコーナーで2週連続で読まれたり。
今思うとワードのズレと構造を作るのは高校生としては異例のうまさだったと思う、爆乳スランプってラジオネームの出オチだけであの北川悠仁に楽曲提供したんだぜ
お笑い芸人になれたな、やっぱり。
おわり。